最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)1796号 判決 1997年3月14日
千葉県柏市豊四季三六四番地の三六
上告人
チーズ鱈製法特許管理有限会社
右代表者代表取締役
吉田豊穂
右訴訟代理人弁護士
石井成一
桜井修平
山田敏章
小柴文男
井坂光明
右輔佐人弁理士
千葉太一
東京都葛飾区奥戸六丁目二二番一号
被上告人
株式会社萬和
右代表者代表取締役
小島憲
右当事者間の東京高等裁判所平成七年(ネ)第一七八七号特許権侵害差止請求事件について、同裁判所が平成八年四月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人石井成一、同桜井修平、同山田敏章、同小柴文男、同井坂光明、上告輔佐人千葉太一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成八年(オ)第一七九六号 上告人 チーズ鱈製法特許管理有限会社)
上告代理人石井成一、同桜井修平、同山田敏章、同小柴文男、同井坂光明、上告輔佐人千葉太一の上告理由
はじめに
本書面は、被控訴人方法(二)が本件発明の技術的範囲に属するものとはいうことができないとした原審の認定判断には、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな、法令の解釈適用違反、経験則違反、理由不備、審理不尽の違法がある旨を述べるものである。
一 原審は、本件発明の構成を分説すると、
A 潰擂魚肉に澱粉、調味料等を加えて混練して薄板状に成形する混練物を加熱し、乾燥して魚肉シートを作る工程と、
B 魚肉シートの間に適宜厚を有するチーズを挟んで食品素材を形成する工程と、
C この食品素材を上下より加熱されたロースター板で適宜に加圧しチーズの上下表面部を融解させてチーズに魚肉シートを付着する工程と、
D 上記加熱付着された食品素材を水分含有率約三三%から三八%になるまで冷却する工程と、
E 冷却した食品素材を所定形状に裁断して製品とする工程と、
F 上記製品の所定量に脱酸素剤を入れて包装する工程とからなる、
G ことを特徴とする嗜好食品の製造方法である、
としたうえ、
(一)被控訴人方法(二)は、本件発明の構成要件Cを充足するとは認められない、
(二)被控訴人方法(二)は、本件発明の構成要件Dを充足するとは認められない、
(三)以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人方法(二)は、本件発明の技術的範囲に属するものとはいうことができない、
としたものである。
しかし、右(一)及び(二)の認定判断には法令の解釈適用違反、経験則違反、理由不備、審理不尽の違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。以下、右(一)及び(二)の認定判断について順次検討することにする。
二 本件発明の構成要件Cを充足していないとする点について
1 本件発明の構成要件Cに関しては加熱作用と加圧作用に分けて検討する。
2 加熱作用について
(一)原審は、被控訴人方法(二)が本件発明の構成要件Cを充足するものとは認められない理由として、被控訴人方法(二)のc工程において使用されるメッシュベルトは、「上下より加熱され、適宜に食品素材を加圧しチーズの上下表面部を融解するロースター板」とは認められないから、本件発明の構成要件Cのロースター板に該当するものとはいうことができないとし、右メッシュベルトがロースター板に該当しない理由としては、
(1) 被控訴人方法(二)のメッシュベルトは、その形態が金網状であって板状でないばかりか、
(2) 上下のメッシュベルトで挟まれた食品素材の内、食品素材に直接接触する部分に熱を伝導することはあっても、目的とする食品の製造に必要な加熱という面から見れば、食品素材の一部につき前記認定のとおり、目的とする食品の製造に必要な加熱という面において、二次的な寄与をしているにすぎず、
(3) 主要な加熱作用は、熱源である遠赤外線ヒーターから直接に加熱対象である食品素材への放射に基づくものというべきものである上、そのことはメッシュベルトが金網状で十分な空隙があることによって達成される、
という事由を挙げる。
ここで、右(2)の「二次的な寄与」とは、原判決理由二、3、(三)にある通り、被控訴人方法(二)においては、遠赤外線の放射により、それを吸収し、第一次的に発熱するのは魚肉シートであり、その熱がチーズに伝導(接触する物体間の温度差による熱の移動)され、その内部を融解するほか、メッシュベルトにも伝導され、それが(二)におけるようなメッシユベルトの温度を示したものであって、右のような加熱の作用、経路からみるならば、c工程において、メッシュベルトが加熱されることによる食品素材への再加熱があるとしても、それは結局、遠赤外線の放射に起因する二次的なものに過ぎないという趣旨である。
(二)しかし、被控訴人方法(二)のメッシュベルトが本件発明の構成要件Cのロースター板に該当しないとする理由として挙げた右(1)~(3)の事由はいずれもその理由足りえないものであると言うべきである。以下、順次、理由を述べる。但し、右(1)の点については項を分けて述べる。
(1) メッシュベルトによる加熱作用は二次的なものとした点について
(a) 原審は、魚肉シートが発熱し、その熱がメッシュベルトに伝わり、その結果、メッシュベルトは加熱されると認定判断するが、本件においてはそもそもかようなことはありえない。なぜならば、過乾燥や過熱による変色や焦げを生じない条件を維持しながら、魚肉シートを常圧のもとで水の沸点を遙に越えた摂氏一〇九・九度以上の温度まで加熱することは、物理的に言って絶対に不可能なことだからである。このことは、格別難しい原理原則などではなく、我々が日常経験する一般的な自然法則の結果であると言うべきものであるが、念のため、その参考文献等として、東京水産大学高井陸雄教授作成「報告書」及び大森豊明編「電磁波と食品」を本書末尾に添付することにする。
(b) 原審は、メッシュベルトの加熱が魚肉シートの発熱に起因する二次的なものであると認定判断する根拠として、上告人補佐人によるメッシュベルトの温度測定結果(甲第三七号証)を挙げているが、右測定結果は食品素材を遠赤外線オーブンの中に流す前に測定したものであり、原審のように、そのデータから食品素材からの熱移動の有無を判断できるようなものでは全くない。原審は、審理を十分に尽くさず、証拠の趣旨を恣意的に解して、結論を無理やりに正当化しようとしたものと解される。
(c) ところで、原審は、魚肉シート自身が発熱する理由として甲第五六号証等の測定結果を引用したうえ、遠赤外線が魚肉シートをほとんど透過しないということは、魚肉シートが遠赤外線の熱エネルギーを吸収しているというべきことになる、とする(原判決一九丁九行目~二〇丁二行目)。しかし、遠赤外線の透過率はその物質の吸収率を直ちに意味するものではない(例えば、反射率が一〇〇%ならば透過率が〇でも吸収率も〇である)から、右原審の認定判断は明らかに飛躍があると言うべきものであり、失当である。
(c) このように、原審がメッシュベルトによる加熱作用は二次的なものとした点は、自然法則を誤解し、その結果、物理的には絶対にありえない事実をこれが存在するとしたものであって、到底、これを認めることはできないものである。
(2) 主要な加熱作用は食品素材への放射に基づくものとした点について
(a) この点について、原審が前項に述べたメッシュベルトによる加熱作用は二次的なものであるということをその根拠にしていることは、原判決二〇丁表八行目~同裏一行目に照らし、明らかである。しかし、メッシュベルトの加熱作用が二次的なものであるとの認定判断は、前述の通り、誤りである。従って、原審が主要な加熱作用は食品素材への放射に基づくものとした点は、すでにその前提を欠き、失当であると言わなければならない。
(b) 他方、原審は、主要な加熱作用は食品素材への放射に基づくものであり、このことはメッシュベルトが金網状で十分な空隙があることによって達成されるとするのであるが、この点に関しても、メッシュベルトの加熱作用が二次的なものであるとの認定判断を前提にすることができない以上、メッシュベルトが金網状で十分な空隙があるという一事をもってかように言うことはできない。つまり、メッシュベルトの加熱作用が魚肉シートの発熱に起因するものでないということになれば、次はメッシュベルトが直接遠赤外線ヒーターからの熱に起因して加熱されているものであるということが当然に想到されるからである。そのうえ、メッシュベルトは、摂氏一八〇度に維持されたオーブン内を循環することによって(杉本証人調書二八一項)、またはメッシュベルトの酸化等によって遠赤外線ヒーターからの熱線の吸収率が上がることによって(乙第三七号証二七八頁「8・2・7」)、遠赤外線ヒーターからの熱によって直接加熱されることは明らかであり、また、甲第七一号証や同第七二号証に照らし、メッシュベルトが相当の肉厚と相当の重量を有することも明らかである。そうとすれば、メッシュベルトによる加熱作用により食品素材が加熱されて魚肉シートとチーズとの所望の付着が得られると認定判断すべきであり、これに反する認定を行った原判決には経験則違反の違法があると言うべきである。
(c) 上告人は、メッシュベルトによる加熱作用により食品素材が加熱されて魚肉シートとチーズとの所望の付着が得られるとの主張を端的に裏付ける証拠として、甲第五二号証、同第六四号証の一、二、同第七二号証の各実験結果を提出した。しかるに、原審は、これらの証拠を排斥するにあたり、「いずれも前記(三)の認定に反するものとはいえず」との理由のみを挙げたにとまり(原判決二二丁裏二行目~八行目)、他に理由は何ら挙げていない。そうとすれば、メッシュベルトの加熱作用が二次的なものであるとの認定判断が誤りである以上、原審がこれらの証拠を排斥する理由もまたなくなると言わなければならない。上告人の主張は右各実験結果によって理由付けられていると言うべきである。
(d) 原審は、甲第六五号証の実験結果も排斥したが、このことも著しく不当な判断である。同実験は、食品素材をアルミホイルで包んでも加熱できるか否かを実験してみたものであり、結果はアルミホイルを包んでも食品素材は加熱されて魚肉シートとチーズは相互に付着するというものであった。にもかかわらず、原審は、かかる実験結果は遠赤外線の性質に反し、実験にあたっての前提条件に疑問があるとした(原判決二一丁裏二行目~九行目)。しかし、仮に原審が食品素材をアルミホイルで包めばメッシュベルトは加熱されない筈であると考えて右認定判断を導出したものとすれば、それは明らかに不当である。なぜならば、メッシュベルトは遠赤外線を反射する性質を有するが、表面が酸化している場合は相当の吸収率を持つ上、メッシュベルトは前述したように直接遠赤外線ヒーターから他の熱伝達方法によっても加熱されうるものだからである。従って、この場合、原審としてはアルミホイルによって遠赤外線が全部反射されている筈なのに中に入っている食品素材がなにゆえ加熱されるのかについて検討すべきであったと言うべく、これをしないで同実験結果を退けたのは明らかに審理不尽の違法があると言うべきである。
(e) ところで、遠赤外緑の放射加熱は、乙第三七号証の二七八頁「8・2・6」にある通り、「内部加熱とも言えるが、現実的には対流加熱などと同じ表面加熱である」(なお、同旨の参考文献として日本電熱協会編「遠赤外線の理論と実際」七三頁及び前記「電磁波と食品」二三頁~三二頁を本書末尾に添付する。)。また、同乙号証の同頁「8・2・5」によれば、「一般に加熱効果が期待できる赤外放射の波長領域はたかだか15μm~20μm程度までであり、なおかつ10μmまでの波長の赤外放射による効果が特に大きい」とされる。以上のことに照らすと、遠赤外線が食品素材に吸収されて熱エネルギーに返還される効率は単純に解しえないとも言える。原審は、前述したように、すでに魚肉シートの透過率をその吸収率と誤解しているが、果して右に述べた遠赤外線の作用を正確に理解したうえで、認定判断を行っているかは極めて疑問がある。
(f) このように、原審が主要な加熱作用は食品素材への放射に基づくものとした点は、結局、理由のない認定判断であるというに帰着すると言うべきである。
(3) 以上の通り、原審が、メッシュベルトの食品素材への加熱作用が遠赤外線の放射に起因する二次的なものであるとし、また、主要な加熱作用は熱源である遠赤外線ヒーターから直接に加熱対象である食品素材への放射に基づくものである、としたうえで、被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明の構成要件Cのロースター板に該当しないという結論を導いたのは、経験則違反、又は理由不備、審理不尽の違法があるとのそしりを免れないと言うべきである。
(三)他方、原審は、被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明の構成要件Cのロースター板に該当しない理由として、「被控訴人方法(二)のメッシュベルトは、その形態が金網状であって板状でないばかりか」という事由を挙げる。これは、被控訴人方法(二)のメッシュベルトが本件発明の構成要件Cのロースター板の「板」に文言的に該当しないという趣旨のことを述べているものと解される。しかし、かかる解釈は特許発明の構成要件の解釈として余りにも形式的に過ぎるものであって不当である。のみならず、仮に文言的に構成要件に該当しないとしても、被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明の構成要件Cのロースター板と均等なものであると言うべく、結局、右原審の認定判断は失当であり、是認することはできない。そこで、ここでは均等論について述べる。
(1) 原審は、その理由の二、3、(六)、(2)において、魚肉シートの間にチーズを挟み、加熱によりチーズを融解させて付着させるチーズサンドの製造方法において、その加熱、加圧手段として、ロースター板に代え遠赤外線とメッシュベルトを用いることは、
(a) 製造にあたっての中心的な構成の一つである加熱方法について「伝導」に代え「放射」を用い、
(b) またロースター板による加熱時の加圧作用を省略するものであり、その間においては、構成及びその基礎にある技術的思想を相当程度異にするものといわざるをえないとして、被控訴人方法(二)のメッシュベルトが本件発明のロースター板と均等でない、とした。
(2) しかし、右(1)の(a)及び(b)の二つの事由は、畢竟、いずれも理由のないものであり、これらの事由をもって均等であることを否定することはできない。以下、順次述べる。
(a) まず、被控訴人方法(二)が「伝導」に代え「放射」を用いているとする点であるが、これは、前述したように、被控訴人方法(二)における食品素材への主要な加熱作用が遠赤外線の放射であるという原審の認定判断そのものが誤りである限り、その前提を欠き、すでに失当である。
(b) 次に、被控訴人方法(二)がロースター板による加熱時の加圧作用を省略するものであるとする点は、原審の独断以外のなにものでもない。被控訴人方法(二)においても食品素材へ加熱作用が加わっている間、メッシュベルトによる加圧作用が何ら加わっていないというわけではないからである。つまり、自重による圧力はメッシュベルトの場合でもかかっているうえ(杉本証人調書三二〇項~三二一項)、その自重で食品素材を押さえている理由は、原審も認定している通り、魚肉シートが加熱により反り返るのを防止するためであり、その圧力は魚肉シートが加熱により反り返る力に抗するに足るものであることが明らかである。なるほど、メッシュベルトはコピーすると乙第二五号証のように平面的な金網状に写って恰も鳥籠やウサギ小屋のような金網を連想させるが、甲第七〇号証、同第七一号証、同第三八号証の一、二などの説明書や写真に照らし、被控訴人方法(二)で使用されているメッシュベルトがいわゆるバランス型と呼ばれる編み方のメッシュベルトであって、実際の肉厚は相当程度厚いものであり、自重と言っても相当程度の重さがあることは自明である(なお、被控訴人方法(二)のメッシュベルトと同タイプのメッシュベルト(甲第七一号証や同第七二号証に写っているもの)の実測値で言うと、肉厚は約五・五mmあり、自重は約五五cm×約三八cmで約一kgある。)。
そのうえ、杉本証人調書四五項~五一項に照らし、被控訴人方法(二)においては、もし加熱時の加圧を省略すれば、魚肉シートは加熱により反り返り、チーズから剥離して、チーズへの熱伝導はできなくなり、魚肉シートとチーズとは付かなくなり、さらに、焦げたりしてしまい、製品にはなりえないことが明らかである(同杉本証人の供述は、上のメッシュベルトがない旧型のオーブンについて供述した部分であるが、この供述部分には三層にした食品素材を上のメッシュベルトなしに、つまり上下からメッシュベルトで挟むことなしにオーブンの中に入れた場合の問題点がはっきりと述べられている。)。
他方、本件発明のロースター板は、加熱と加圧とを同時に達成することができるものであるが、甲第六九号証が説明するスペーサ機構に照らすと、加圧とは常にロースター板の自重を意味するものとは限らず、そのうえ、実際に加熱対象の形状や材質などに合わせてその圧力は調整されるのが一般であることが窺われ、さらに、ロースター板の鉄板の厚みは言うまでもなく種々多様なものがありえ、中にメッシュベルトと同じ自重のものも当然にある。
以上のことよりすれば、被控訴人方法(二)のメッシュベルトが加熱時の加圧を省略したものであるなどとは、到底、言えるものではないし、否、却って被控訴人方法(二)においてはメッシュベルトの加圧はチーズサンドの製品を製造するうえで必要不可欠な要素であると言えるものである。
(3) このように、メッシュベルトとロースター板とがその構成及びその技術的思想を相当程度異にするので、両者は均等のものではないとした原審の認定判断は、明らかに、特許法七〇条の解釈適用を誤ったうえ、経験則に違反するか、又は理由不備、審理不尽の違法があると言うべきである。
3 加圧作用について
(一)原審は、原判決理由二、3、(三)において、被控訴人方法(二)にメッシュベルトが採用された理由を述べるに当たり、メッシュベルトの加圧作用について、被控訴人方法(二)にメッシュベルトが採用されたのは、本件発明におけるロースター板のような、加熱、加圧するためではなく、加熱時に遠赤外線の放射を妨げることなく魚肉シートの反り返しを防止することにあったことが窺われる、と述べる。
右原審のいわんとする趣旨は必ずしも明らかでないが、そこには被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明のロースター板のような加熱時の加圧作用を有していないという趣旨が含まれている可能性がある。とすれば、原審はそれがゆえに被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明の構成要件Cのロースター板に該当しないものであると判断したことになるので、以下、かかる前提に立って、被控訴人方法(二)のメッシュベルトは本件発明の構成要件Cのロースター板が有しているような加熱時の加圧作用を有しているかどうかを検討することにする。
(二)この加熱時の加圧作用を有するか否かという問題は、もとより事実認定の問題である。従って、原審のように、メッシュベルト採用の目的を問題にしてもはじまらないと言うべきである。ここでは、加熱時の加圧作用があるか否かを問題にする必要があり、また、それで足りると言うべきである。
この点、被控訴人方法(二)のメッシュベルトの場合、前述した通り、その自重が魚肉シートにかかっていること、その圧力は魚肉シートが加熱により反り返る力に抗するに足る力であること、そして、その相当程度の肉厚と重量を有していることは、紛れもない客観的な事実である。
(三)このように、被控訴人方法(二)のメッシュベルトが加熱時の加圧作用を備えていることは明らかである。もし原審がこのことと反対の結論を出しているのであれば、それは、本件発明の構成要件該当性の有無に関する法令の解釈適用を誤ったうえ、経験則違反、又は理由不備、審理不尽の違法を重ねたものであると言わざるえない。
4 よって、被控訴人方法(二)のc工程が本件発明の構成要件Cを充足しないとした原審の認定判断は、著しく不当なものであると言うべく、到底、これを是認することはできない。
三 本件発明の構成要件Dを充足していないとする点について
1 原審は、原判決理由二、4において、被控訴人方法(二)は、加熱付着された食品素材について、水分含有率を約三三%から三八%にするために冷却する工程ないしは当初から右水分含有率であったものを維持するための工程を含むものと認めることはできないので、本件発明の構成要件Dを充足するものとはいえないとし、その理由として次のような事由を挙げる。
(一)本件発明は、特許請求の範囲記載の「加熱付着された食品素材を水分含有率約三三~三八%になるまで冷却」する工程を経ることを必須の構成要件とし、このような高い水分含有率を維持した製品とすることにより、ソフトな食感を有する製品とするものであって、加熱付着された食品素材からはみ出しているチーズを容易に切断し得るよう自然冷却あるいは強制冷却した際、偶々当該食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内となっていることがあったとしても、そのことから直ちに本件発明の構成要件Dを充足するものということはできない。
(二)被控訴人が平成六年二月一〇日に製造したチーズサンドの水分含有率は三三・六%であったことが認められるが、これのみをもって、被控訴人方法(二)により製造されたチーズサンドの水分含有率が、すべて控訴人の主張する三三%ないし三八%の範囲内にあるものとまでは認めることは困難であり(原審及び当審を通じての被控訴人の主張から、被控訴人が右事実を自認しているものとも認め難い。)、他に、被控訴人方法(二)による製品の水分含有率が、すべて控訴人の主張する数値の範囲内にあるものと認めるに足りる証拠はない。
(三)被控訴人方法(二)においては、上下の魚肉シートからはみ出しているチーズをカッターで切り揃えやすくするため、加圧ローラーにて上下両側の魚肉シートをチーズに圧着させた後、ファン冷却によりチーズを固化させているものであ(る)。
(四)本件における各証拠を検討しても、被控訴人が、c工程を経た食品素材を冷却して右の水分含有率に至るまで変化させる工程を採用していること、ないしはc工程後の当初から右の水分含有率を有する食品素材について、その含有率を維持するための工程を採用していることを認めることはできない。
2 しかし、右原審が述べる理由付けは、本件発明の構成要件に関する解釈適用を誤ったうえ、経験則違反又は理由不備、審理不尽の違法を重ねたものであり、到底、是認できるものではない。以下、右原審の各理由付けについて順次述べる。
(一)まず、原審は、加熱付着された食品素材からはみ出しているチーズを容易に切断し得るよう自然冷却あるいは強制冷却した際、偶々当該食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内となっていることがあったとしても、そのことから直ちに本件発明の構成要件Dを充足するものということはできないとして、本冷却工程を経た後の食品素材の水分含有率が結果的に約三三ないし三八%の範囲内になっているだけでは本件発明の構成要件Dを充足しないと判断する。原審は本件発明の構成要件Dを充足すると言えるためには水分含有率が範囲内になっているという結果だけでは足りず、その結果を実現するための主観的意図が必要であると述べているものと解される。
しかし、本件明細書及びその図面に照らし、本件発明の目的が達成されるかどうかということにとって重要なことは、原審が問題としているような冷却の過程ないしはその背後にある主観的意図などではなく、冷却工程後の食品素材の水分含有率がどうなっているかどうかという点であることは明らかである。被控訴人方法(二)の例で言えば、食品素材は冷却工程後、はみ出したチーズの切断工程を経たのち、裁(細)断機で所定形状に裁断されて包装されることになるので、包装される前のこの冷却工程の段階での食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内になっているかどうかを問題にすると、それがその範囲内になっていれば、冷却の過程やその意図がどのようなものであっても、本件発明の所期の効果は何の不足もなく全て得られると言うことができ、他方、その範囲内になっていなければ、本件発明の所期の目的は達成されないと言うことができる。つまり、冷却工程における主観的意図を問題にしなくとも、本件発明の目的にとって何ら不都合は生じない。
このように、本件発明の冷却工程に関する構成要件Dは、水分含有率が所定の範囲内になっている食品素材を得ることを目的とする工程であり、それ以外のことを目的としたものではない。従って、被控訴人方法(二)がこの構成要件Dを充足したものであるかどうかという問題は、当該冷却工程後の水分含有率が範囲内にあるかどうかを見れば足りるのであって、それ以外に当該冷却工程における実施者の主観的意図を問題にする必要は全くない。原審のように、実施者の主観的意図を問題にし、かつ、その主観的意図として水分含有率を約三三ないし三八%の範囲内にする意図が必要であるとするのは、本件発明の構成要件に関する解釈適用をそもそも誤ったものであり、失当である。
(二)次に、原審は、被控訴人方法(二)により製造されたチーズサンドの水分含有率が、すべて控訴人の主張する三三%ないし三八%の範囲内にあるものとまでは認めることは困難であるとする。この趣旨は、結局、本冷却工程後の食品素材の水分含有率が所定の範囲内になっているという事実を否定したものと解される。
しかし、被上告人が平成六年二月一〇日に製造したチーズサンドの水分含有率が三三・六%であったことを示す甲第三六号証は、被上告人の函館工場にて生産した製品の中から任意に抜き取った一袋(七〇グラム入)について上告人が社団法人東京都食品衛生協会に持ち込んで調べてもらったときの試験検査成績書であり、その検査結果は被控訴人方法(二)の一般的な特徴を示すものと言うべきものである。被控訴人方法(二)は、一審被告平成五年一二月七日付け準備書面(第八回)及び乙第一八号証一~一五に照らし、流れ作業による大量生産で実施されている方法であることが明らかである。そして、大量生産ないしは流れ作業とは元来各工程が同一の作業に単純化されパターン化されて実施されるものである。被上告人函館工場で抜き取った一袋はかような流れ作業による大量生産で製造されたものである。従って、右抜取り検査の結果は、とりもなおさずその生産による製品の一般的特徴を表わしていると見るべきであり、原審のように製品一個の結果に過ぎないということを理由にその結果の証明力を否定するようなことは全く非常識であると言うべきである。
そのうえ、以上述べたことは、仮に被上告人が食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内になるように意図して冷却はしていないとしても、等しく言える。大量生産の流れ作業として実施していることが明らかな被控訴人方法(二)においては、他の工程と同様に、冷却工程も実施者の主観的意図の如何にかかわりなく、客観的な作業としては大量生産の流れ作業の中に組み込まれて繰り返し繰り返し実行される定型的な作業であることに何ら変わりはないからである。
(三)ところで、被上告人は、一審判決三六頁二行目以下にある通り、一審において「dの工程による冷却後の食品素材の水分含有率が三三ないし三八%であることは被告の自認してい」たものである。従って、原審は、自白の拘束力から言って、被控訴人方法(二)の冷却工程後の食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内になっているという事実はこれを認めなければならなかったと言える。被上告人は、原判決一六丁表最後から一行目~同裏一行目にあるように、原審になって「そのときの水分含有率については被控訴人は知らない」とその態度を翻したもようであるが、一旦自白したことをかように撤回したからと言って、それをそのまま裁判所が認めることは自白の撤回に関する判例(大審院大正一一年二月二〇日民集一巻二号五二頁他多数)に反し許されないと言うべきである。この点、原審は自白の拘束力に関する右判例の解釈適用を誤ったと言える。また、被上告人が水分含有率を知らないと言うこと自体そのままこれを信じてよいかも疑問がある。被上告人は冷却工程について冷蔵室に入れて冷やすことがある(杉本証人調書七三項以下)が、このような場合は、甲第五三号証に照らしてみても明らかな通り、もし漫然と冷蔵庫に入れて長時間放置することがあれば、食品素材の水分は蒸発して乾燥しすぎた状態となり製品にならなくなる事態が起こる。被上告人は被控訴人方法(二)の実施においては何らかの手段によって冷却の条件を予め設定していると見る方が自然であると解される。
(四)さて、原審は、被控訴人方法(二)においては、上下の魚肉シートからはみ出しているチーズをカッターで切り揃えやすくするため、加圧ローラーにて上下両側の魚肉シートをチーズに圧着させた後、ファン冷却によりチーズを固化させているものである、とする。
しかし、原審が、右に摘示した方法は被控訴人方法(二)とは異なるものである。被上告人の製品チーズサンドの製造方法は、一審被告平成五年一二月七日付け準備書面(第八回)に記載されてある通り、旧型と改良型があり、旧型では上下両側の魚肉シートをチーズに圧着させる「加圧ローラ」があり、改良型では上下両側の魚肉シートをチーズに圧着させる「圧着ローラ」がある。しかるに、原審は、改良型である被控訴人方法(二)にはない「加圧ローラ」(又は「加圧ローラー」)のことをとり上げたうえ、明らかに旧型に関する証拠である乙第一八号証の一~一五及び同号証の一六を引用して被控訴人方法(二)のことを議論しているものである(付言するに、これらの乙号証は、まだ被控訴人方法(二)が訴訟上暴露される以前に、被上告人がチーズサンドは旧型の製造方法によって製造されていると言い張っていた当時に裁判所に提出された証拠である。杉本証人も最初はそう言い張っていたが、上告人代理人の指摘を受けてはじめて被控訴人方法(二)でもチーズサンドを製造していることを告白したものである)。
このように、原審は、被控訴人方法(二)の内容そのものを誤認しているのであって、その認定判断は極めて杜撰であると言わざるを得ない。
(五)原審は、被控訴人が、c工程を経た食品素材を冷却して右の水分含有率に至るまで変化させる工程を採用していること、ないしはc工程後の当初から右の水分含有率を有する食品素材について、その含有率を維持するための工程を採用していることを認めることはできない、とする。しかし、原審は、単に「本件における各証拠を検討しても」という形式的な理由を挙げるほかは、次の結論部分と全く同文の内容を繰り返しているに過ぎない。これでは、実質的に見て全く判決理由を述べていないに等しい、と言うべきである。
3 よって、被控訴人方法(二)のd工程が本件発明の構成要件Dを充足しないとした原審の認定判断は、これも著しく不当な判断であり、到底、是認することはできない。
四 結論
以上の通りであるので、被控訴人方法(二)は本件発明の技術的範囲に属するということはできないとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるうえ、経験則違反の違法があり、又は理由不備、審理不尽の違法があり、そして、これが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるので、原判決は破棄を免れない。
以上
(附属書類-報告書及び参考文献-省略)